「熱意あふれる社員」が少ない日本の職場
世論調査の会社として世界的に名高いギャラップ社は、その調査・分析力を生かし、企業などの組織改革・コンサルティングや提言なども行っています。2017年に同社が発表した「エンゲージメント・サーベイ」の結果では、日本は「熱意あふれる社員」の割合が6%で、調査した139カ国中132位と最下位レベルでした。一方で、組織にネガティブな影響を与えると考えられる「周囲に不満をまき散らしている無気力な社員」の割合は24%、「やる気のない社員」の割合は70%という結果です。
2021年に発表された同調査の最新の結果では「熱意あふれる社員」の割合は5%となり、さらなる低下を記録してしまいました。
仕事への熱意にかかわらず、正社員であれば1日のうち多くの時間を物理的にも精神的にも会社に関係し過ごすことになります。業務をともにするメンバーの心身の健康状態はお互いに影響します。「無気力な社員」「やる気のない社員」が多い職場の雰囲気がよくないことは想像に難くないでしょう。
1日のうちをネガティブな気持ちで過ごしてしまっていては、日々の生活の質を高めることは、なかなか難しく感じられそうです。
深刻化する人手不足
一方で、日本の労働市場においては、人手不足が深刻化しています。
厚生労働省が2019年7月に発表した報告書によると、2012年以降続く景気回復・経済拡大の中で、多くの企業において人手不足の実感が高まってます。特徴として、企業規模が小さいほど深刻であり、中小企業においては若手の離職率が高いことや若手が定着しないということが明らかになっています。特に「運輸業・郵便業」「サービス業」「医療・福祉業」など、人手不足感が強い産業の中小企業においては、全体的に労働時間が長い傾向や、「給料」への不満、「会社の将来性」や「職場の人間関係」を理由とした離職が多く、報告書においても、「若年層の職場に対すエンゲージメント強化に向けた対応が重要となっている」と提言されています。
2020年初頭に発生した新型コロナウイルス感染症の拡大により、産業によっては休業や事業規模の縮小を余儀なくされるケースは相次いでいますが、少子高齢化の進行ととともに、上記の業界を中心とした人手不足は継続的な課題として今後も注目されていくでしょう。
深刻化する人手不足と、増大する職場への不満。この2つの問題はつながっており、同時に解決していくことが必要です。「職場に対するエンゲージメント強化」とは、一体何をどうすればよいのでしょうか?
従業員のエンゲージメント強化とは?
「エンゲージメント」は、一般には「約束」「契約」と訳される英単語で、例えば「婚約(期間)」は馴染みのある用法かもしれません。それほどに結ばれるもの、とイメージするとわかりやすいでしょう。ビジネス文脈で「従業員エンゲージメント」と語られる時には「従業員が会社に対する愛着や誇りを持ち、貢献を約束すること(貢献する意志を持つこと)」を指します。
従業員エンゲージメントの高い会社、つまり、多くの従業員が会社への愛着や誇りを持ち、自分の仕事に満足し、これからも貢献したいと考えている状態の会社では、一般に離職率が低いと言われることから、従業員エンゲージメント向上は多くの企業にとって取り組むべき課題とされているのです。
従業員のエンゲージメント向上や、同様の文脈でモチベーションを高めるため様々なツールが開発され、様々な職場で利用されています。
しかし、ここで見落としてはならないのが、「エンゲージメント」の本来の意味における「相互の信頼関係」です。従業員エンゲージメントというと、従業員側の愛着や貢献意識を問うことに意識が行きがちですが、従業員側に貢献の意志や行動を期待する場合、会社側も従業員の期待に応える、貢献に対する十分な報いを与えるということがなくてはなりません。
それでは、従業員の離職を抑え、定着化を図るために従業員エンゲージメントを高めようとする場合、会社はどのような考え方を持ち、姿勢を示し、施策をとるべきでしょうか?
一つの課題として、前述の厚生労働省の報告書の中で触れられている「人的投資」「労働分配率」に着目してみます。報告書によれば、(コロナ前の時点で)日本の企業収益は過去最高を記録するほどに改善・伸長を見せているものの、その中においても、「人的投資」や「労働分配率」が依然として低い状態にあることが指摘されています。
人的投資とは、会社などの組織において各人の生産的能力や資質を高めるために費用や時間の負担を伴う諸々の活動のことで、ここでは主に教育・研修を指します。
日常の業務を通じて教育を行うOJT、職場や業務から離れて特別な時間や場所などの手段を用意して教育や学習を行うOff-JTがあります。
内閣府の資料によると、日本の企業が従業員一人当たりに対して行う直接的な教育訓練費は1990 年代後半以降低下傾向にあり、諸外国と比較しても低い水準となっています。日本企業が人的資本に対して消極的になった背景には、景気後退による研修支出削減や非正規雇用の拡大、新卒採用の抑制等があったことが指摘されています。
一方、労働分配率とは、会社が生み出した価値(付加価値)のうちどれだけを人件費として分配したかの指標です。シンプルに言えば、会社が稼いだお金のうち、労働の対価として従業員にどのくらい還元されているかということです。労働分配率が高くなると、経営を圧迫しかねません。しかし、労働分配率が低い場合、経営が安定していると見ることができる反面、労働の対価が低いとして従業員のモチベーションが下がることも考えられます。
「自分が尊重されている」と感じるワーク&ライフ
ところで、前述のギャラップ社のレポートの中で、日本の調査結果に関する興味深い項目があります。
日本は「前日に、自分が尊重されていると感じなかった」とした人の割合が29%で、各国平均の14%より高くなっています。
参考として、世界的にこの値が高い国は、エチオピア(43%)やラオス(38%)です。一方、アメリカ・カナダやイギリス、その他西ヨーロッパや南米の国々においては、1桁台と低い割合となっています。
なお、この項目を理解するにあたって留意する点は、「職場の内外を含む一日の経験を振り返っての回答」となっており、職場の問題だけをとらえているわけではないことです。職場外では、例えば友人・家族などとの人間関係なども大きく影響しているでしょう。
差別やハラスメントに関する社会問題は、そこかしこに存在していて、一朝一夕に解決することは難しいように思われます。
しかし、多くの人が関わり、また1日の大半の時間を費やす場所である「職場」にフォーカスを当てた場合、1つずつの会社単位から改善できることもありそうです。例えば、ジェンダーなどに起因する差別や、パワーハラスメントなどの種々のハラスメント。現在では、社内におけるガイドラインの設定や教育機会を通じ、改善の見られる職場も増えてきているはずです。
もし、差別やハラスメントなどの問題がある環境で、長時間労働を強いられ、また給料に不満を持った状態で過ごし続けている場合、一人一人の従業員は、果たして自分自身の存在に誇りを持つことが可能でしょうか?
単に労働力としてその不足を補うために存在するのでなく、個人として納得できるキャリアを築くための開発・教育機会を得て、自分の貢献に見合う対価としての給料をもらうこと。不当な差別やハラスメントを受けず、仲間を信頼して働けること。職場においても「自分が尊重されている」と感じることを通じて初めて、会社に対しても、愛着や誇りを持つことができるのではないでしょうか。
ウェルビーイングとの関係
このことは、ギャラップ社が定義するウェルビーイング(「心身ともに健康で満足な状態」)の5つの要素ともつながっていると考えられます。
5つの要素は、以下のようにまとめられています:
- Career Wellbeing(キャリア ウェルビーイング): キャリアの幸福。時間の使い方、日々自分が費やしている時間に満足しているかどうか。ここでいう「キャリア」はいわゆる「仕事」のことのみを指すのではなく、自分の時間の大半を費やしていること、そのことに満足しているかどうかという広い意味を持ち、家事育児や趣味、勉強、ボランティアなども含みます。
- Social Wellbeing(ソーシャル ウェルビーイング): 人間関係の幸福。人生において、しっかりとした人間関係を結び、愛情を育んでいるかどうか。
- Financial Wellbeing(ファイナンシャル ウェルビーイング): 経済的なウェルビーイング。自身の収入を得る方法を獲得し、また資産を有効に管理できているかどうか。
- Physical Wellbeing(フィジカル ウェルビーイング): 身体的・精神的な幸福。心身ともに健康であり、やりたいと思うことができる(活動する)エネルギー(活力)を持っているかどうか。
- Community Wellbeing(コミュニティ ウェルビーイング): 地域社会における幸福。自分が暮らす地域とのつながり、広義には職場なども含め自分が属するコミュニティと関わり、つながっている実感があるかどうか。
仕事は、自分の時間の大半を使っていることが多いため、その時間に満足しているかどうかが個々人のウェルビーイングに大きな影響を与えていることがわかります。
そして、その労働環境における「人間関係」、つまり、ともに働く上司・部下やメンバーとの良好な関係や、職場への帰属意識も、5つの要素にそれぞれ含まれています。
給料は経済的なウェルビーイングに直結し、労働時間や休暇の有無、労働環境におけるストレスは、フィジカルウェルビーイングにつながっています。
従業員エンゲージメントが高いことと「自分が尊重されていると感じること」は、すべて、ウェルビーイングが達成されている状態に包括されているといえるでしょう。
まとめ
このように見ていくと、「ウェルビーイングな職場」を考える時に必要なことは、単にエンゲージメント調査を行ったり、ルールや制度を整えたり、インセンティブを与えたりするという目に見える対策・施策だけではないということが自ずと分かってきます。
それは、会社経営において、「人=労働力」としてだけとらえるのでなく、経営と従業員、上司と部下、メンバー同士が、役割を超えて、まずはお互いの存在を尊重するという姿勢が貫かれる必要があるということではないでしょうか。会社(や仕事)は、個々人の役割(役職・立場)によらず、それぞれのウェルビーイングが達成されるために、時間や能力と、金銭的・精神的な対価を交換する場と考えることができます。
お互いを尊重し、信頼しあう職場を築くためには、何が必要か?それぞれの会社の経営実態や目指す姿によって、ウェルビーイングをめぐる課題も取り組み方は異なってくるでしょう。人的投資や労働分配率も、単に独立した数字として見るのでなく、それらに照らして、その会社らしい解決策を見出していくことになるでしょう。会社ごとの個性を生かしたウェルビーイング達成への道筋を示していくことこそが、ウェルビーイングな職場そのものであり、魅力的な職場になっていくのではないでしょうか。
人々のウェルビーイングを高めていくためには、個々の会社・職場が、ウェルビーイングを実現していけるかどうかが鍵となっているようです。
・参考資料
https://www.gallup.com/file/workplace/349484/state-of-the-global-workplace-2021-download.pdf
https://www.mhlw.go.jp/content/11601000/000532355.pdf
https://www5.cao.go.jp/keizai3/discussion-paper/dp182.pdf
https://www.jpc-net.jp/research/list/comparison.html
https://www.gallup.com/workplace/237020/five-essential-elements.aspx