労働組合の主な目的は、「労働者が主体となり、自主的に労働条件の維持改善やその他経済的地位の向上を図ること」です。
18世紀半ば、イギリスから始まった産業革命以降、紡績業などでの大規模工場化・大量生産がはじまり、工場で作業を行う「労働者」が大量に生まれることになりました。工場を設置・運営する資本家・経営者と、労働者との役割の区別・固定化が進むにつれ、賃金や労働条件をめぐり、団体交渉が始まるようになったといわれています。
労働組合にはその成り立ちによって様々な種類がありますが、現在、日本においては、その大部分が「企業別組合」の形態をとっています。これは、特定の企業・事業所ごとに、そこに所属する労働者が職種の区別なく組織されるものです。正社員のほか、非正規雇用の従業員も参加できる場合もあります。企業別組合では、各企業の実情に応じた労使交渉が行われる傾向があります。結果として協調的な労使関係をつくりだすなど、労働者にとってのみならず、経営者にとっても、企業運営を安定化させるための一定の機能を果たし、「日本的経営」の特徴の一つとも言われています。
一方で、日本においても、フリーランスやギグワーカーなど、特定の企業に限定されない、新しい働き方が広まるに伴い、そういった人たちの労働環境に関する問題も明らかになってきました。企業や労働者の実情に合わせた新しい労働組合の設立や、これまで労働組合に所属していなかった人たちの新規加入といった動きも出てきています。
この「労働組合」事情、海外ではどうなっているのでしょうか?
2021年に入り、Google社やAmazon社といった、アメリカ発祥の巨大テック・メガベンチャー企業において、労働組合結成の動きに関するニュースを目にした方も多くいらっしゃると思います。今回は、そんなアメリカの労働組合の歴史から現在に至るまでをまとめます。
アメリカにおける労働組合の歴史
1886年、アメリカ合衆国において初となる労働組合の全国組織「アメリカ労働総同盟(AFL)」が誕生しましたが、アメリカでは長い間、労働組合は否定的立場に置かれてきました。労働者の団結権・団体交渉権が明確に認められたのは、1935年制定の全国労働関係法(通称「ワグナー法」)です。これは、1929年の世界恐慌に始まるアメリカ経済危機の打開策として、フランクリン・ルーズベルト大統領が打ち出したニューディール政策の一環で、労働者を保護することで、賃金および所得の向上を目指し、国内消費の回復を狙うものでした。
ワグナー法により労働組合が法的に保護されたことで、アメリカ各地で労働組合が結成され、労働運動は活発化しましたが、同時に、組合員の範囲や政治的立場の違いから組合運動の分裂につながり、AFLから分離した「産業別組織会議(CIO)」が結成されました。AFLが熟練労働者の待遇改善を目指し、また政治活動にも否定的であったのに対し、CIOは非熟練の労働者、女性や黒人なども組織化し、特定の大統領候補を支持するなどの違いがありました(その後、1955年にAFLとCIOは合併します)。
このような動きの中で、労働組合は資本主義社会において影響力を持つようになり、1938年には「公正労働基準法」が制定され、最低賃金や労働時間が整備されていきました。
しかし、第二次世界大戦後には、冷戦下での反社会的風潮や、賃上げを要求するストライキが全国各地で多く発生するなどといった労働運動の高まりに対し、労働組合の力が強すぎる、との企業側(雇用者側)の訴えにより、アメリカ議会は労働組合への規制を強めることになります。1947年には、保守党が多数を占める議会により「タフト・ハートレー法」が成立。
これは、1935年以来労働者保護に法的根拠を与えていた「ワグナー法」を改定し、各種ストライキの禁止または制限、「クローズド・ショップ制(労働組合に加入している労働者のみを雇用する)」を禁止するものでした。また、「ユニオン・ショップ制(従業員に労働組合加入を義務付ける)」については、各州が「労働権法(the right-to-work-law)」を制定し、その権限においてユニオン・ショップ制を非合法化することを認めました。「労働権法」とは、すなわち「労働組合の制約を受けることなく働く権利」であり、「反・労働組合法」を意味します。
アメリカにおける労働組合の位置付け
この「労働権法」が、以降、アメリカにおける労働組合や労働運動に影響を与えることになります。
アメリカでは、2020年末時点で、50州中27州において「労働権法」が導入されています。例えば、自動車産業など工場型の企業は、労働権法が制定されている地域、つまり、労働運動が起こりづらく、労働賃金を低く抑えやすい地域への移転をするなどし、アメリカ国内の産業立地や人口構造に変化をもたらしてきました。
このような背景もあり、アメリカでは労働組合の影響力や組織力は年々低下しています。アメリカ労働統計局のデータによると、アメリカにおける労働組合組織率は、1983年に20.1%であったのが、2020年には10.8%と減少しています。2020年は2008年以来始めて前年比増に転じましたが(2019年10.3%)、全体的な減少傾向に変わりはありません。もともと労働組合に加入する労働者の多かった鉄鋼や自動車産業などの工業を中心に、先述の「労働権法」による工場の国内移転のほか、より人件費の安い海外への移転やオートメーション化により労働人口が減少していることに加え、労働者が増えている産業は、金融やテック系など、もともと高賃金や福利厚生により、あえて労働組合を持つ必要のない企業が多いことが影響していると考えられます。
一方で、調査会社ギャラップ社が2020年9月に発表したデータによると、アメリカ人の約65%が労働組合を「支持する(Approval)」とし、2003年以来もっとも高い数値となっています。同社の2018年の調査では「労働組合の社会的影響力が強まること」を39%の人が望み、2017年・2018年と連続して、1999年以来もっとも多くの期待を集めていることも明らかになっています。
これは、アメリカ国内の深刻な経済格差とその拡大にとって、労働者の権利を守り、強化していくことの必要性を多くの人が感じるようになってきた表れともいえます。しかし、実際の組織率とのギャップは依然として大きく、また、労働組合そのものは将来的には弱体化していくだろうとの意見が一般的です。
そのような状況の中、2021年1月に就任したバイデン大統領は、経済格差の打開策として、「中間階級の復活」を一つの柱とし、労働者の賃金引き上げの実現、労働組合の強化に乗り出しています。4月には「労働者の組織化と権限強化に関する大統領令」に署名し、政権内にタスクフォースを設置しました。タスクフォースは、今後、組合の結成や団体交渉を支援し、より効果的に行っていくための政策や制度について提言を行うことになっています。
巨大テック企業・メガベンチャーの勃興で再び注目を集める労働組合
2021年1月に、Google社と親会社のAlphabet Inc.(アルファベット社)の従業員が同社初となる労働組合(「アルファベット労働組合」)を結成したことは、シリコンバレー発の企業として希有な動きでもあり、大きなニュースとなりました。現在の加入者数は、従業員数の1%に満たない状況ですが、フルタイムの従業員だけでなく、非正規雇用者、ベンダー、請負業者も参加することができます。
このアルファベット労働組合の特徴は、不当な解雇やハラスメントなどに対し団体で声を上げること、労働条件の向上や従業員の労働環境の改善を目指していくことなどにとどまらず、自分たちの労働力によって成り立っている自社の事業が、倫理的であり、社会や環境問題に対しても有益であることや、その技術力が、より公共のウェルビーイングに生かされるよう、経営側に働きかけ、動かしていこうとしているところにあります。
2021年4月には、Amazon社のアラバマ州の「ベッセマー倉庫」において、労働組合設立を目指した従業員投票が行われました。これは、物流倉庫で働く労働者の過酷な環境、例えば、トイレ休憩を厳しく管理されることや厳しいノルマを達成できない場合に賃金を下げられることなど、労働環境の改善を求めての動きでした。
投票までの間、バイデン大統領が直接メッセージを発信してベッセマー倉庫における労働組合設立を支援するなど、その是非は注目を集めました。Amazon社に労働組合が設立されるとなると、同様の倉庫労働者の組合結成の動きを加速させるなど、大きな影響力を持つと考えられたためです。しかし、結果的には反対票多数により否決となりました。流動性の高い従業員の間に組合化へのメリットを浸透させられなかったことや、労働組合を知らない若い世代の理解が得られなかったことに加え、Amazon社による賃上げの示唆や反組合キャンペーンが功を奏したものと考えられています。
ベッセマー倉庫では労働組合設立とはなりませんでしたが、その後、Amazon社は福利厚生の新たな施策を発表するなど、労働環境の改善を目指した労働運動の機運や労働組合設立の動きが出てくることは、経営陣にとってのプレッシャーとなっているようです。
新たな課題
ITの普及により、インターネット上のプラットフォームサービスを通じて、単発で仕事を請け負う働き方を選ぶ、「ギグ・ワーカー」と呼ばれる人たちが増えています。例えば、ウーバー社のような配車サービスや、同社の「ウーバー・イーツ」のような料理・食品配達サービスといった「プラットフォームビジネス」では、ドライバーや配達員などの労働力を、この「ギグ・ワーカー」に頼っています。
現在、アメリカにおいては、ギグ・ワーカーを個人請負とするのか、雇用労働者とするのかが論点となり、全米各地で法定論争が続いています。プラットフォーム企業など、個人請負を支持する立場の主張は、ギグ・ワーカーたち自身が働き方の柔軟性や独立性を求めており、雇用労働者として分類することはその権利を侵害しかねない、というものです。
一方で労働組合などは、こういったギグ・ワーカーたちの労働の実態は拘束的でありながら、雇用労働者に比べ低賃金であることや各種補償のない状況におかれている不公平が改善されるべきであること、また有色人種や移民など労働市場において不安定な立場にある人たちも多く、法律により守らなくてはならないと主張しています。ギグ・ワーカーを雇用労働者とする場合、企業は、労働者保護のための各種の義務を負います。
例えば、失業保険の支出など経済的な負担が著しく増加することが想定され、そのビジネスモデルに影響し、ひいては、その利便性を享受する利用者の暮らしへも影響していくと考えられます。現代のライフスタイルに定着し、今後も成長が見込まれる新しい産業・サービスと、そこで必要となる労働力をめぐり、その利便性と労働者の権利との間で、新たな労働問題が生じているのです。
いかがでしたか?
ここまで見てきたように、アメリカにおいて、労働者・働く人の権利を守り、労働環境を改善していく動きは、産業構造の変化、時代の流れとともに、大きく変遷してきました。
そして現在、多くの労働者を必要とするAmazon社のような物流企業や、ギグ・ワーカーの労働力を必要とする各種デリバリーサービスの需要が、新型コロナウイルス感染症の影響も受けながら一層伸長していることは、新しい働き方に従事する労働者をどう保護し、経済格差を縮め、社会の経済活動の担い手としていくのか、という課題を突きつけています。
この流れは、日本においても同様です。例えば、独立行政法人労働政策研究・研修機構の調査によると、2019年時点の広義のフリーランス人口(個人請負型の就業者数)は390万人と試算されています。比較的新しい産業を中心に広まっている多様な雇用形態や働き方は、テクノロジーの進歩や人々の価値観の変化により、一般的な産業や企業にも広まっていくと考えられます。新たな政策や制度の整備も必要になってくることから、働く人一人ひとりの権利意識や労働に関する問題解決に向けた行動の機運は、今後、日本においても高まっていくかもしれません。
人材の確保に向けて、当面の賃金や福利厚生の充実を図ることは、多くの企業経営者にとって喫緊の課題ですが、同時に、長期的視点に立ち、多様な雇用形態にある労働者のウェルビーイングを考えていくことも、今後の企業運営においては重要になってくるでしょう。